はじめに

うちの中で一緒に暮らしていた生き物が、亡くなってしまったことに寂しさを感じている。

どういうご縁でうちに来てくれたのか…

金魚さんに思いを馳せてみようと思う。

8年4か月飼っていた金魚の死

9月30日に金魚が死んでしまった。

金魚といっても長く家にいてくれて、かなり大きくなっていて14,5cmはあったと思う。

最初は3匹いて、1匹は1年くらい、2匹目は6年くらい居てくれた。

最後に残った金魚は2回くらい死にかけては、生き返り餌もよく食べて元気に泳いでいてくれた。

そのことにすごくびっくりさせられた。

ある日、水の上に浮いてきて、本当にもう死んでいるかと思ったけど、まだ口をパクパクさせているから、餌を沢山あげてみようと思い、ガンガンあげてみた。

そうしたら、なんと元氣に生き返った。

そういうことが、2度ほどあり、それでも精一杯生きている金魚を見て、勇気をもらったことは確かだ。

最後の最後までしっかり生き切ってくれたのだと思う。

その生命力を魚である金魚が見せてくれた。

命のすごさを感じた。

亡くなった金魚の穏やかな顔に感謝

水替えが大変だったけど、何とか8年4か月やり切った。

金魚を飼うのが初めてだったから、水替えや水槽を洗うこと、金魚を網ですくって移動させたり、元々面倒くさがりでもある私としては、本当によくやったと思う。

世話のことを考えて不安だったので、金魚を飼うことにもすごくためらいがあったが、次男の当時のお嫁さんが背中を押してくれて飼うことになった。

こんなに長生きしてくれるとは、思ってもいなかったが、居てくれて有難かったと思う。

家の中に生き物がいることで力がもらえていたと思う。

死んだ後、庭の片隅に穴を掘って埋めた。穴に金魚を入れた時、その金魚の顔が穏やかであって、すごくホッとした。うちにいて、幸せに生きていてくれたのだと思えたから。

そういう穏やかさを伝えてくれたことに、暖かな感謝の気持ちで手を合わせることが出来た。

この8年4か月の間、家族と共に生きてくれたのだと思うとありがとうしかない。

孫たちもうちにくる度に金魚を見て喜んだ。喜ばせてくれてありがとう。

共に過ごした時間がとても貴重なものに思えてきた。うちは犬も飼っているのだけど、金魚はその犬より1年ほど先輩になる。

どんなものでも、どんな人とでも別れとなると寂しいというか一期一会なんだよね。

もっと若い時は、別れがとても悲しく辛かった。

けれども、最近は、魂は死なず見えなくても存在するというので、絶対の別れではないと思えることで、悲しさや辛さが少し緩やかな感じになってはいるが…

やはりこの世で会えないのは哀しい。

おわりに

この世は常に移り変わる。この世は諸行無常。

このままがずっと続けば安心なような氣がしている自分がいる。ずっと続くことなどあり得ないし、続いたらそれは恐ろしいことだ。

安心を望んでいる自分がいるということなんだと思う。

ただそこで泳いでいるだけで勇気をくれた金魚さん本当にありがとうございました。感謝だ。

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