昨年、ハコミのワークを受けた。
ハコミとは、「あなたは何者か」という意味のホピ・インディアンの言葉。
ハコミは、マインドフルネスを土台にしたボディー・サイコセラピー(からだを手がかりに、無意識をつながるセラピー)であり、自分はどんな人間なのかを、人々が発見するように援助しようとする。その結果、不必要な苦しみが少なくなり、健やかさを幸せがもっと大きくなる。
ハコミの本も何冊も読んだ。
ワークの中で、いろんなことを学び、気づきもあった。
しかし、自分はそれでも、ワクを感じ、自分が心底納得いくという風にはならなかった。
理論は素晴らしいし、納得いくことが多い。
もちろん、それは、自分の感想であって、ハコミを否定するものではない。
それぞれに、自分が合ったものを探し、それを受け入れればいいのだから。。。
人間には、いろんな人がいる。というところ捉え方が、自分とは違うように感じた。
どうしても、見える形に、無意識なのかもしれないが、価値を置いてしまうように感じる。
もっと、根本的に違う、人それぞれのユニークさや生き方を大事にしたい気持ちになる。
人によっては、独りでいることで、また、独りで物を創造したり、することで、
他の人とのつながりを持つ、ということになることもあるのだ。
芸術家の中には、そんな人がいるのではないだろうか。。。
人によっては、ただ、見える形で仲良くすることが、仲良くではない。
一つの見方ではなく、多面的な視点で、物事を捉え、
しかも、その奥の奥をも、見抜く力、感性を養いたいものだ。
それは、自分と言う小さなワクだけで、考えていては無理なことなのだ。
大いなるもの、大宇宙、大自然、神様、仏様等々から、直接教わることなのかもしれない。
直接といのは、直観だったり、イメージだったり、声が聞こえたり、夢に見たり。。。
それは人それぞれなのだけれども、いずれも、「自分のうち」からやってくるというものだ。
小さなワクにとらわれず、自分のワクをもっと広げて、生きることが重要なのだ。
実際、自分がそのように生きようとしてから、自分独りの足で立てるようになってきたと思う。
偉大なるものから、「守られ、愛され、育まれ」ていることを実感できるようになってきた。
それは大きなことだ。
独りでも寂しくないのだ。
独りでも、人とつながり、平和で穏やかで、嬉しい毎日という感じになってきた。
独りというのは、宇宙に唯一たった独りの自分であるという意味なのだが。。。
どうしても、弱者、高齢者、障がい者などの少数派の生き方を社会の中で、認めさせたい気持ちのなる。見える形は孤立しているように、見えても、実はつながりを感じ喜びの中で、生きてるというような形もある、ということを示したい気持ちになるのだ。
ようするに、ユニークな生き方を社会で認めたい、というものだろう。
人それぞれ、いろいろあるということを、徹底させたいのかもしれない。
それをわかるためには、見える形ではないものを観る、鋭い感性、普遍的なものを見通せる力が
必要なのだ。
一人ひとりの人間の質を、高めることでしか、実現できない世の中なのだろう。
自分は自分のできることを、無理せず、実践するだけだ。(^^)
