ウチの母は、頭ごなしの教育をする人だった。
特に幼い頃は、叩かれもしたし、起こり方が半端ではなかった。
とにかく、母の価値観が絶対だった。
そのことを、心理学、教育学の勉強をはじめるまで、自分は気がつかずにいた。
母が絶対に正しかった。
自己尊重されずに育つことが、どんなに人間育成に悪影響をあたえるか・・・ということを知ってから、母に対して、怒りの感情が出てきた。
物事の悪い方に目を向けやすい傾向の中、自分を尊重されずに育てられたことが、今の自分の悪いところは、母のせいみたいな気持ちになった。
自己肯定されずに、育てられることはいい影響がないことは、事実だ。
それも、今教育を学び、活動をし、このような生き方を実践するためにも、本当に必要なことだったのだ。辛いことがなければ、共感はできない。
自分の生きていく人生の中、必然の出来事だったのではないかと、思えるようになってきた。
また、母は、ある面では、とても楽天的で、「どうでもいい」という言葉が、口癖と言えるくらいだ。
その事も、私は気に入らなかったが。。。
でも、私の性格、個性を考えると、母がもっと、人並みとか世間体を気にする人であったとするならば、私は、神経質で、辛い子ども時代を送ることになったかもしれない。
それが、ぼーっとしたまま、能天気に生きられたように思う。
子ども時代の色を想像すると、決して明るくはないが、それほど、暗くもなかった。
思春期になると、ソフトボールをはじめたし、また、中学、高校、実業団とも、指導者に非常に
恵まれたと思う。
それで、素晴らしい時間を過ごすことが、できたと思う。
もし、母でなければ、悲惨になっていた可能性は高い。
それほどに、ややこしい性質を自分が持っていることに、気づかされた今は、本当に母に感謝している。母のもとに生まれてきた理由の一つなのだと思う。
しあわせに過ごせたのは、母のお蔭だな。。。(^^)
すべてがつながって、有り難いことばかり。。。
