私が育った環境は、母子家庭だ。
でも、母子家庭で嫌な思いをしたことがない。
父親がいなくて、寂しいのはもちろんあったが、それ以外で父親がいないために嫌な思いというのがない。
母があまり世間体とか、人と同じとか、そういうものがなかったせいかもしれない。
高校は、ソフトボールで特待生扱いで行き、授業料の援助があった。
でも、それもそうしなければならないとか、嫌だったけど、お金のためとか、そういうものでは全然なかった。
自然とそういうめぐり合わせになった。
母がしっかりしていたせいもあるのだろうけど、お金がないという心配もしたことがない。
そんな思いもしたことがない。
だから、母子家庭で苦労なんてことは、まったくなかった。
それは、母のお蔭だろう。
そして、父のお蔭でもあると思う。それは、ここ10年くらい前くらいに気づいたというか、何となく、自分の中からやってきたことなのだが、父は自分たちを守るために、一番いい時期に亡くなった。。。ということ。
 父は電気工事の仕事をフリーのような形でしていたので、保険にも入れないし、保障も何もなかった。
しかし、亡くなる少し前に、大きな会社の仕事を手伝うということで、そのときだけ、その会社の従業員となり、労災がもらえるようになった。
それも、入ったばかりだったのだが、いい上司に恵まれ、すぐに手続きをしてもらってもらえるようになったとのこと。。。
 信じられないことが重なり、今までの自分たちの生活を支えてもらった。
多分、父が生きていたら、もっと貧しい生活だったと想像される。
父はお人よしで、騙されたり、給料をもらえない生活が半年も続いたりと、そういうことなどがあったようだ。。。
また、父の実家の方もあまり裕福ではない。
父は次男だったけれども、お人よしで、実家の兄弟や親などにも、お金を送ったり、できるだけのことをしていたようだ。
そんな父なので、生きていたら、自分たちの生活は楽ではなかっただろう。
そんなことも含めて、父は最大限、母と自分たちを守ってくれたのだと思う。
 母も苦労はしたかもしれないが、お金の心配をすることなく、夫がいないのだから、自分のやりたいように生きたとも言える。
本当に、この人生で起きることは必然であると感じている。
有難いしかない。
また、中学のときに、運動部で一番部員が少ないところに入ろうと思って入ったのが(部員が多いと球広いのようなことばかりで、つまらないと考えた)、ソフトボール部だったのだが、
そのソフトボールとの出会いが、その後の一生に関わって、自分を助けてくれることになった。
妹たち二人もソフトボールをやり、3人そろって、特待生で高校へとつながった。
そして、就職までもソフトボールのお蔭で決まったし。。。
その後、結婚してからも、引越しをして知らない土地に来てからも、ソフトのお蔭で寂しい思いなどしたことがなかった。
私は、いつもソフトの仲間と一緒だったから。。。
それに、そのソフトが得意だったお蔭で、人から認められていたということもあったかもしれない。。。
何と有難いことだろう。
それは、母はまったく運動がだめなので、運動が得意だった父のお蔭だ。
思い返すと、ソフトボール様様だーー。
本当に感謝だなぁ。。。
だから、母子家庭で苦労なんてことは、まったくなかった。
何と有難いことだろうか。
感謝しかない。☆(^^)

おすすめの記事