母のことを書こうと思う。
私が小学4年生、妹が小学2年生、末妹が年中さんのときに父が亡くなった。
それから、女で一つで、私たちを育ててくれた。
女ばかりの4人家族。
仲がよくて楽しく過ごした思い出がある。
私の場合は、父が生きていた頃の方が、いい思い出がないような気がする。
母の性格は、とにかく自分が正しいし、頭ごなしに言うことを聞かせたいタイプ。
また、お山の大将的な性格もあると思う。
10年前くらいまでは、母に対して、自分が思うことがなにも言えなかった。
言うのが悪いような気がして、言えなかった。
また、母の方も言わせもしなかったのだろう。
それが、ここ10年くらいの間は、言うようになっていたので、母の方もうるさかったみたいだ。
しかし、言わずにはおれなかった。
とても、悲観的だし、被害者意識が強い。
そして、他者の悪いところを常に見て、何か文句を言うという感じなのだ。
なのに、負けず嫌い。
自分は正しいと思っている。。
一緒にいても何でこんな風なんだろうと思うことが多かった。
例えば、店に食べに入ったとしても、店員の態度一つに文句をつける。
お茶のおき方から、あいさつの仕方まで、その時々でいろいろ。。。
とにかくマイナス面に目を向けて、けちをつけるという具合だ。
そんなことどうでもいいじゃんという話になる。
そして、自分を認めてくれてたり、よくしてくれる人はとても良い人ととなる。
それって、違うんじゃない?って思うことがよくあった。
一緒に居て、嫌だなと思う面だ。
でも、陽気だし、気前はいいし、いいところもいっぱいあるのだ。。。
人と同じでなくてもいいって感じは、よかったな!
それに、「どうでもいい!」が口癖だった。
「どうでもいい!」って何と、思っていたが、気楽であるにはあるよね。
そのちょっと変わってるところは、私を随分助けてくれたような気がする。
今、考えるとすべてそれでよかったのだと思える。
しかし、少し前までは、そう思っていなかった。。
昨年の母の入院前くらいまでは、何だか力が入っていたかも。。。
母に対してもどうして、皆に感謝できなかなぁ。。
なんてがっくりきてたから。。。
でも、だんだん、それでいいやって。
その母を有り難いナと思えるようになってきた。
その母が、自分たちのために生きて、見守っていてくれているのだと感じはじめた。
今は、母は「南無大師遍照金剛」と唱える毎日となっている。
真言宗で、お大師様のことを唱えるのだ。
母は自分たちに迷惑をかけるのが嫌だと思っていた。迷惑かけずに、皆の生活の邪魔をしないように思っていたので、今の状態を望んだのだろう。
老人ホームが近いので、顔が出しやすい。でも、母のこまごまとした世話は、スタッフにお願いしてあるのだから。。。
きっと、それが母の望みだったと思う。
人間だもの、いろんな面がある。
でも、それでいいんだーーー
母は、孫より、自分の子どもたちの方がかわいいという人だ。
その可愛がり方が、ちょっと違う気がするが。。。
自己尊重感が低い人だったのだと思う。だからこそ、自分を認めてくれる人がとても大切だったのではないのかな?
子どもたちのことは、かわいいけど、自信があるわけではなく、母からするとできない子扱いだった。
どうせ、できないんだから、だまって引っ込んでいろ!みたいな扱いだった。
それは、3人共に対してそうだったのだから、自信なかったんだよね。。。
自信を育てることはゼロだったなぁ。。。
ちょっとした失敗をものすごく怒る人だったし、取り上げて自分がやるという感じでもあった。
「だから、最初からやるな!」という風だったもの。。。^^;
人の中に入ると、だまって後ろにさがってじっとしていろ!という感じだったし。。。
自分と他者を大事にするという根本的なことがわかっていなかったのだと思う。
それは、今でもそうなのだと思う。
でも、それで、いいんだよーー
仕方ないもの。。
自分が気がついてわかるしかないんだもの。。。
私は、ただ、母の幸せを祈るだけしかできない。
そして、母もバランスは悪いのかもしれないが、私たちの幸せを祈ってくれていることには変わりない。
そのままでいい。
これでいい。
そのままで、母に感謝して、今を精一杯生きよう!!
今は、こんな風に気持ちが変わってきて、とてもラクになった。
母がぐちを言うと、感謝だよーー
なんてことは、つい言ってしまうが、それで、母もそうだねと言ってくれるし。。。
感謝して、母と関わろう。
明日は、母の80歳の誕生日だ。☆(^^)
