頭で考えることは、自分だけの力に頼ることになる。
自分だけというのは「我」「エゴ」。
自分の知っていること意識できることだけでのみ判断しようとすると、潜在意識や無意識の領域の自分である本来の自分の思いであったり、本来の自分の願い、今世で叶えたい深い役割だったりというものと、かけ離れてしまう。
自分の内に向かい、奥深いところにある「小さくても強烈なる光を放つもの」と出会う必要がある。
それは、自分の中の奥の奥にあり、それが大いなるもの、偉大なる何か(筑波大学名誉教授の村上和雄氏はサムシンググレートと呼んでいる)、大宇宙、神、仏と現わされているものと繋がっている。
それは、頭で考えることではなく、感じること。
身体の感覚を鋭くして、身体から聴くこと。
(考えるな!感じろ!ということは、ジャッキーチェンも言ってる。)![]()
この世に産まれ、「いのち」がある自分たち。
「いのち」はこの世では身体がないと存在できない。
死んだ時、「いのち」は亡くなり魂だけになる。
魂はこの世ではなく、別の次元に存在するものだと思う。
肉体のある自分がもっともかけがえのないもののようだ。
肉体があるからこそ、様々ことを体験でき経験でき魂の成長にも繋がると言われている。
魂だけになってしまった存在は、肉体を持っていた時の成長でストップするらしい。
今世でどれだけ魂を成長させることができるか、それによって死んだ後の魂の存在の在り方も決まってくるらしい。
それがどのようなものであるのか、魂だけになったことがないので今の段階私にはわからないが・・・
私がこのような考えや生き方を知り、少しずつ実践してきていえることは、生きることが「ラク」になるということ。
その上に本来の自分の思いや願い、叶えたいことと繋がっていて、思いもよらないことが奇跡のように実現していくという生き方になるんだ・・・。
それには、自己尊重感と自己信頼感(セルフ・エスティーム)を持つことなんだけど、その意味をしっかり知る必要がある。
大いなるものと繋がっている自分を尊重、信頼することを指している。
頭で考えることや知識や常識とは別もので、自分の内の奥深いところでの尊重・信頼である。
その感覚は文章や言葉など人から教わるものでない。
伝えることができない。
その感覚を掴むのは自分自身。
自分で掴むために、まず呼吸法が必要。
(昨日書いたブログー身体の声を聴く-を参考にしてもらいたい。)
呼吸法や気功(内気功で、気功体操のようなゆっくりとした動きと呼吸を合わせて行うもの。そこにイメージを使う)の実践も大いに役立つだろう。
というかそれらの実践がないと大いなるものとの繋がりを感じるのは難しいと思う。
それぞれにつながり方があるのだから、絶対に無理だとは言えないが、社会で暮している多くの人たちにはこのような実践が不可欠だと思う。
つづく☆(^^)
