「足るを知る」。

自分が持っているものの方に目を向ける。

それに感謝する。

自分には必要なものが全て揃っているという見方をすることが大事だ。

もちろん、自分にとって都合の良いものや周りが認めてくれるものに関しては、割合簡単にそう思えるかもしれない。

例えば、容姿が良いと「綺麗だ」とか「美人」だとか。。。

それなら、余り考える事なしに、自分は足りていると思いやすい。

反対に自分でも短所と思える所や、周りからも認められていない部分では、「足りている」とは思いにくい。

「短所」を無くそうとか、これが無ければいいのにと考えてしまう。

そこにヒントがある。

「短所」は、私は「隠された宝物」と思っている。

意識的にそう考えるようにしてみた。

自分が持っているものは、どれも自分に必要だから在るもの。

短所だって、見方を変えれば長所になる。

私の性格は、細かく神経質だと思う。

一面、良くない面であるが、それがあるために、自分を守っているとも思う。

私の性格上、自分を守りながら生きることも重要だ。

守ることで、何とか生きていける部分がある。

繊細なのに、度胸満点のように生きようとしても、心が壊れてしまう可能性が高い。

繊細さな自分の生きる方法として、神経質という性質があるのだとも思う。

どれも自分にとっては大事なものだ。

繊細さに関して、自分でも小さなことが気になり、傷つきやすいと疲れてしまうが、その繊細さにより、他者への思いやりも生まれるし、他者へ優しくもなれる。

大事なものだね。

だから、もっと度胸があったらいいのにと、度胸を欲しがるより、自分の持っているものに感謝する見方をすると自分らしくもある。

度胸が無いのに、度胸を欲しがり、無理して生きると心が壊れてしまい、苦しくて普通に日常生活も送れなくなるかもしれないしね。

 宇宙はバランスで成り立つ。

いろんなものが有り、違うものでバランスされている。

人間だって皆同じではない。

いろんな人がいるからこそ、違いも感じられるし、そこに良さがある。

度胸がある人がいて、繊細な人がいる。

度胸のある人ばかりだと、度胸があるということさえ、認識できなくなる。

皆同じだと違いがわからない。

そんな風な世界に私たちは生きている。

そして、与えられているものは、自分の意識を遥か超えているところからの贈り物。

私たちは「いのち」でさえ、何故与えられるのかわからない。

気づけば「いのち」があり、生きている状態だから。

わからないままに「与えられているもの」、それは全て大いなるものからの贈り物と捉えて、その贈り物に感謝し、その贈り物を大事に扱うことなのだ。

それが私の言いたい「足るを知る」。

短所であってもそうで、感謝しそれを否定するのではなく、大事な贈り物として、受け入れ、良い面を探し、それを生かす。

繊細なら、繊細のままで、他者に優しく生きればいいんじゃない!

度胸があるように生きる必要はない。

この世には、そんな優しさはとても求められている。

また、度胸があることも同様に求められている。

どちらも大事なわけ。

 まとめると、自己尊重し自己信頼することなんだよね。

(それをセルフ・エスティームとも言う。)

自己尊重し、自己信頼すると、同時に他者尊重と他者信頼ができる。

弱いままの自分を含めた「丸ごとの自分」を尊重し、信頼すること。

それも私が言いたい「足るを知る」の意味でもある。

 このような生き方を現実社会で実践することは、難しい。

上手くいかなくても、上手く行っても、どれもOK。

経験すること、すなわち生きることが素晴らしいんだ。

全てに感謝。☆(^^)

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