現代のいじめの定義
現代のいじめは加害者、被害者という関係だけで起こるわけではない。
これらの直接の当事者を含めて、まわりでこれを『はやしたり面白がって見ている』観衆と
『見て見ぬふりをする』傍観者という四層構造が、
密接に絡み合った学級集団のあり方の中で起こっている。
(参考文献 心を育てる学校教育相談 高橋史朗編著 学事出版 )
いじめに関して、
対処策をいくら高じても、解決にはならない。
ここでも、発想の転換だ!!!
まず、一人ひとりの、心の中に、「平和」を築くしかないのだ。
セルフ・エスティーム(自己尊重感・自己信頼感)を持つことが、何より大切だ。
私たちは、自分が大切な人間で、多くの可能性を秘めている。
ありのままの自分を、そのまま受け入れ、よさを認める必要がある。
上の2行は、よく言われているが、本当に自分のものにすることが、難しいのだ。
自分に与えられたものを全て感謝して、受け入れること。
嫌なこともすべて、感謝して受け取る。
自分に必要なものしか与えられていないのだ。大いなるもの、大宇宙、大自然、神様、仏様から、与えられた「いのち」に感謝して、受け取り、大事に扱うことで、流れが変わるのだ。
今現在の自分の置かれている場所を愛すること。
全てを否定せずに、感謝して、受け取ることで、必ず状況は変化する。
いじめをする相手、
嫌がらせをする相手、
そのことで、自分は何を学べるのだろうか。。。
その大事なことを、学ぶために、嫌な相手との関係性も必然的な出来事なのだ。
感情を横に置いて、嫌な相手の「いのち」そのものを尊重し、「いのち」のしあわせを祈ることができれば。。。
不思議と。。。相手の立場や、相手の事情がわかったりもする。
そして、感情は、感情のままにあるのだけれども、感情とは別に、
大きな、穏やかな、平和な、気持ちになれるのだ。
一つひとつの、細かいことの対処法を考えていても、根本的解決にはならない!!!
発想の転換が必要なのだ!!!
