子どものセルフ・エスティーム(自己尊重感・自己信頼感)を育てるためには、まず、子どもに関わる大人が、自ら、セルフ・エスティームを持っているということが、前提条件になると思います。
でも、現在に生きる大人たちの、どれだけの人が、健全なセルフ・エスティームを持っているかと、言われれば、どうなんでしょうか・・・。
日本の明治時代からの、学校教育は、教師が子どもに知識や技能を身に付けさせる一方通行の「伝達型」が、中心であり、児童中心型ではありませんでした。そのような環境で、育った人間が健全なセルフ・エスティームを持つことは難しいと思われます。
教師の言いつけを、よく聞き、守る子どもが「いい子」だったのです。また、家庭でも、親の言うことを、よく聞き、守ること、口答えしない子どもなどが、「いい子」と呼ばれてきました。
(過去形で書きましたが、現在進行形の方が、正しいのかもしれません。)
そのような環境で、子どもが育つと、どうなのでしょうか・・・。
子どもたちは、自分の正直な気持ちをを、素直に「出す」ことができるのでしょうか・・・。
我慢して、親にとっての「いい子」、教師にとっての「いい子」になろうとしてしまうのです。
人間は「我慢してる」と、イライラしたり、意地悪になりますね。イライラしてると、気分はよくないし、優しい気持ちにはなりにくです。もちろん、心は「平和」ではないし、「穏やか」でもありません。
そうすると、自分に対して、自分を尊重したり、信頼したりすることが難しくなります。自分のことが好きになれないのです。
自分の素直な感情に、ふたをしてしてしまうと、
その自然な自分の感情、本当の自分が、「サイン」を、出してくるのです。
その「サイン」が、現在の子ども達の問題である「不登校」「いじめ」「家庭内暴力」「青少年犯罪」などです。
子どもと関わる人達の中で、セルフ・エスティームが、「人間が生きる」ということにおいて、基本となる、大切なものとして、認識している人は、どれくらいいるのでしょう・・・。
かなり、少ないと思うのです。
子どもの「言い分」に、ちゃんと「聴く」耳を持つ人が、どれくらいいるのでしょう。すぐに、
大人側の考えを押し付け、子どもの言いたいことを、聴けないのです。
ただ、聴けばよいのでは、ありません。
子ども「言いたいこと」を、しっかり聴くのです。
「聴ける」ようになるのは、思っている以上に、簡単なことでは、ありません。
「聴く」側の、大人の質が、大事なのです。大人の人間性、人格が問題です。
真摯に「聴ける」ようになるために、
大人が、自分を好きになり、「ありのままの自分を受け入れ」ることができるように、日々「真剣」に生きること。
大人が、いろんな体験をし、感受性を磨き、
あらゆる人の、「違い」を尊重でき、
また、「違う」から、その違いを、活かし、補い合い、
生きていけるようにすること。
そして、あらゆる「いのち」を尊び、あらゆる「いのち」のつながりを感じ、
自分に与えられた「いのち」に、感謝し、自分が生かされていることに「感謝」し、
「今」生きていることに「感謝」し、
「生きる」ことを、「喜び」と感じ、
「今」に存在できれば、宇宙の真理ともいえるものを感じられ、生きられるのではないでしょうか。
そのような生き方を、大人が自ら、実行することで、
子どもたちに、対しても、「いのち」を尊重するようにしか、
接することができないのです。
子どもの「いのち」を尊重するために、
子どものやりたいこと、言い分に、耳を傾け、
子どもの、持ち味を、つぶさないように、
個性を、活かして生きられるように、邪魔しないことかもしれません。
まずは、自分なのです。自分が、セルフ・エスティームを持ち、穏やかに、平和に生きられるように、意識して、生きることが、何より重要なことだと思います。

