昨日は亡くなった父の祥月命日。
特養老人ホームにいる母を迎えに行き、お墓参りに^^
私の車は、車椅子のまま乗車できる、特別仕様車だ。
昨年、春に脳梗塞で入院したときに、丁度、車を購入するタイミングだった。
左半身麻痺で、後遺症がかなり残るということだったので、車椅子仕様なら、外出もわりと気楽にできるはずということでそれを購入。
実際、私ひとりでも母と楽に外出でき、母も車椅子から車への乗り換えもしなくていいから、ラクチンみたい。
ただ、母を乗せると、後助手席にひとりしか乗れなくなる。
娘と孫の天使ちゃんは、娘の車で、移動することに。天使ちゃんも一緒だと、チャイルドシートがいるし、高齢者、障がい者、赤ちゃん等、弱者と呼ばれる人たちとの行動は、大変面倒なこともあるものだ。
昨年から、今年にかけて、母と車椅子で、買い物やら、お出かけもわりとしたが、車椅子での行動の大変さや、スーパーなどの車椅子専用駐車場が、普通の車に占領されていることにも度々でくわした。
店内でも、車椅子だからと気づかってくれる人は少なく、皆案外冷たいものだと痛感。
これでは、弱者は生きにくいところがあるだろう。
それは、天使ちゃんを連れて外出した時にも思う。
駐車場でも、ベビーカーを出したりしまったり、その時に、他の車の動きによっては、危ないこともあるので、かなり注意が必要だ。
昨年から、今年にかけ、高齢者、障がい者、赤ちゃんと一緒に行動することで、社会勉強させられたように思う。まだまだ、いろんな人が、それぞれに生きやすくという世の中には、ほど遠いのかもしれない。
でも、少しずつは、バリアフリーの場所も増え、障がい者トイレが増えているので、ものすごく助かる。ハード面は、いきなりよくはならないが、少しずつは変化してる。
ソフト面でも、やはりいきなり、人の理解が広がるものではない。
ただ、ソフト面では、こころも持ち方次第ということがある。
“鋭い感性”を磨くことで、わかることが増える。
結局はハード、ソフトの両面、全体とのバランスが大事なのだなぁ。。。
やはり、その立場となることで、痛感させられることがある。
経験がすべてではないけれど、経験により、学ぶことは大きい。
また、同じ経験でも、学びはひとにより違う。
生きることは、何かを経験すること。
その経験から、何が学べるかは、そのひとの“鋭い感性”なのだと思う。
感性を磨く。。。
感じる力を強く。。。
それは、自分のうちからやってくる。。。
すべては自分との関わり方だね。。。。
自己尊重感・自己信頼感、(セルフ・エスティーム)にたどり着いてしまった。^^
昨日は父のお蔭で、母や娘、天使ちゃんとの楽しい、ほんわかした時間が過ごせた。
自分達ながらではのいい供養にもなったと思う。
「お父さん、いつも見守っていてくれて、ありがとう!」
感謝☆感謝☆(^^)
