不登校をしている渦中の人の視点をどこまで受け入れるか。。。
私は、自分が渦中であったときの話をしているように思うのですが。。。
それに、今も渦中であったときと、さほど、何も変わらないようにも思います。
考え方、とらえ方が、そもそも違うような気がします。
また、違っていていいのではないでしょうか。。。
子どもたちは学校に行かないと輝けないと、リーママさんは考えているのですよね。。。
将来のために今から、社会性を養い、学校での経験を積まなければ、子どものためにならない、というものですね。。。
よく、学校の先生が言ってくださることと同じような感じはしていますが。。。
私は、不登校の渦中から、そのようには、考えていません。
「今」
しかありません。「今」です。
子どもが「今」、苦しみから解放され、安心して、ほっとして、心からの笑顔であれば、それでいいと思ったのです。
そのために、何が自分にできるのか。。。
それを実行しました。(家の中を楽しく、明るく、笑顔で。。。安らぎがあるようにだけです)
他のことは考えていません。
それは、「今」もそうです。
そんな生き方なのです。
「今」しかないのです。
「今」という瞬間瞬間が続く、自分の一生というとらえ方です。
だがら、未来のための努力などという考え方はしないのです。
それは、不登校などの問題だけでなく、生き方そのものを言っています。
学校に行き、社会で輝けて生きられるなら、それで素晴らしいと思います。
それを否定するものでは、ありません。
ただ、学校や社会との関わりが、従来のパターンであると「しんどい」という人には、
もっと違う関わりをしてもいいのではないかと思うのです。
もちろん、人はひとりでは、生きていけません。
だけど、人とのつながり方も、それぞれでいいのでは?
従来のパターンが苦しい人に、頑張ってそれを楽しいものに。。。
というのは、障がいが有る人に、障がいだと言われているところを、痛くても辛くても、訓練し、健常者に近づけようというものに、似ていませんか?
もちろん、そういったことも少しは必要かと思いますが、それよりも周りの環境を整えることも一つですよね。
目が悪い人が、めがねを使い、耳が悪い人が、補聴器を使う。
そのように、学校に行くのがつらいなら、違う形で学ぶ。または、何か創作活動をするなど、
自分が、苦しくないその「居場所」で、自分が精一杯できることをするだけで、何かが変わってくるのです。
自分がやれることを、無理なくやっていると、心は安定します。そして安定した心で、何かに関わり出すと、何かしら、「形」になってきます。
勉強でもいいし、たとえば、絵を描くなどを、「無我夢中に」することができたら、誰がなんと言っても、命が輝いて生きていますよね。。。
それが、学校に行ってなければ、輝けないと決めるのであれば、それは、学校へ行っていない子どもたちへの「否定」になります。
そして、絵などを描くことで、上手と下手とか関係なく、好きで一生懸命やっていれば、そのことで人とのつながりが必ずできます。
そんな形であっても、社会との関わりではないのでしょうか。。。
そうではなく、従来の学校に、従来の形で行かなければ輝けないというのでは、あまりに狭すぎるのではないでしょうか。。。
ただ、従来のように生きられ、輝けるなら、それで、何も言うことはないのですが、
そうでなくて、生きにくい、しんどい、辛いという人がいて、
何とか、よろこびに満ち、生きたいというのなら、私のような生き方、考え方もあるよと、お伝えしたいだけです。
また、そんな生き方で、他者とは違う形であっても、自分は本当に幸せだし、輝いていると思っています。うちの子どもたちもそうです。
人と比べて、「優劣」をつけたら、劣です。
でも、優劣をつけない生き方をしています。
生きにくい人、不登校の子どもたちへのメッセージは、
他の人同じことをして苦しくなるより、自分なりの生き方をはじめることで、自分の才能は引き出され、徐々に人ともつながつ生き方ができるようになる、そんな生き方もあるよということです。
子どもたちは、学校でやれるなら、やっていってるはずです。それができなくなり、苦しくなりもがいているのだから、違う生き方を探すことが、子どもたちを救う道だと感じています。
違う生き方を探す中で、その子に必要なら、また、学校に戻るということも有りえることだと考えています。
このような生き方が自分の生き方であり、そのような考えで、人とも関わっています。それが、自分を救ってくれたからです。また、その考え方は、研究中でもあるホリスティックな考え方でもあります。
それが、役に立たないからと言われる方には、そうですか。。。というだけです。
もし、助かるという人があれば、自分が無理なくできる援助はさせたもらいたいと思っています。
それが、自分の喜びにもなるからです。
そんな風に私は生きています。
なるべく、本意が伝わるように祈ります。
今回、改めて不登校の問題に自分なりに真剣に関わることができました。
また、自分なりの生き方をも見直す機会を与えていただき感謝しています。
ありがとうございました。☆(^^)
