いや~びっくり・・・
当事者と直接会ったり話してみることは、メールだけでは伝わらないものがある。
それは、よく言われていることだが、案外会って話してみるより、メールなど書いてものからの方が真実が伝わるということもあると私は感じている。
しかし、今回ずっとメールのやり取りでの問題だったので、会って話してみて、何とも・・・
私は相談活動をしているが、申し込みはメールでされることが多い。
占いも少しやっていて、相手の占いを冊子にまとめて、その上に占いに基づくカウンセリングをするということしている。
その件で、冊子はできたのでカウンセリングの時間の調整による問題が起きた。
始まりは、今週は都合が悪いので来週で都合のよい時、ご連絡くださいとメール。
しかし、今週のうち明日明後日は、昼間が空いているのでどうかという問い合わせ。
今週は都合が悪いと最初に連絡したのにと思いながらも断りのメール。
その次の週、急に今日はどうかというメールが来たが、その日の予定が狂ってしまうのでお断り。
自分にとっては、断ることがとても大変で、1日ブルーになる感覚がしてしまうという経験をしてしまった。
それなので、少し前のブログにも書いたように、予定が狂い事故りそうになったことや、やろうと思っていたことが全部できなくなって困ったことを伝え、急な予定ではなく、前もっての連絡を頼むということを伝えた。
相手にも事情があり、その占いをした人が高校生でしかも部活もやっているので、なかなか合う時間が取りにくいということがあった。しかもその高校生が精神的に少し不安定なので、予定を立てにくいということだった。
それで、では母親に説明をするということにして、やっと日時が決まった。
と思ったらその日の夜にまたメール、仕事で体調の悪い人が出たので、自分が変わりに出るために、午後に変更してほしいというようなメール。(メールの最期にはだめならいいです。とあったが・・・)
何度も打ち合わせしてなかなか決まらなかったに、やっと決まったという状態だから、私が依頼者なら変更のメールは打たないだろうと思った。それは私の気持ち。
でも、午後に変更することにしてやっと決まった。
その日、朝から携帯を気にしていたが、連絡がないのでやっと大丈夫かなと思い、夕方まで予定をこなし過ごしていた。予約の時間直前に電話があった。私は時間調整でブラブラしていて気づかなかった。もう時間かなと携帯を見たら、留守電が入っていた。子どもの調子が悪くなったので、迎えにいくために予約に時間に行けません。という連絡。
えっ・・・
子ども(占いの高校生)の調子によっては遅れて行けるかも。というメールが入り、その後キャンセルのメール。
いわゆるドタキャン。
私の返信メールは、もう少し先にした方がいいと思います。と入れておいた。
これで急な連絡からはしばらくの間解放されるだろうと、少しほっとした気持ちになった。
しかし、2日後朝またも今日の午後はどうですか?ダメ元でメールしたときたのだ。
急な予定の連絡をやめて前もっての連絡をお願いしておいたのにということで、気分が悪くなった。
やはり自分のその日の過ごし方の予定変更をするつもりはなく、お断りした。のだが、非常に気分が悪くなった。
自分が誠意がないのだろうか・・・などとぐるぐるとと考えが廻った。
冷静にと思っても、そんな時はなかなか落着けない。
それまでも、この件が始まってからプラスの「氣」を多く受けるようにしていたが、さらにしっかりと「氣」を受けた。また、どうしてこのような事象にぶつかることになったのか瞑想もしいていた。
いくつかの気づきがあった。この「怒り」はどこからくるのだろうか?人から軽んじられているということに腹が立ちやすい自分がいること。また、軽んじているかどうかはわからないが、自分が軽んじられていると感じやすいということにも気づく。大きな自信や安心感があれば、相手がどうであろうとそんなに気にせずに済むのだろうということも思った。
その後にふっと気功の仲間というかお世話をしてくださるスタッフさんの一人に電話して、少し話しをした。その方と話すことで、新しい直接の気づきは起きなかったが、別のところでの気づきがあった。それは自分にとってとても重要なことだったので感謝。また、「氣」の観点からはその方が先輩なので、いろいろと勉強すべき点があり、楽しく話すことができ感謝している。
それにしても、断るということで体調まで悪くなってきた。
全体に倦怠感が起きてきて、集中力に欠け、自分には何の力も無いように感じられてきた。ヤバイ!ストレスに負けている。
それから、本を何冊か読んだ。気功治療家が書いた本を読んでいて、ふっと気持ちが切り替わってきた。丁度その気功家がストーカー被害にあった時の体験談を読ませて頂いたことにヒントを得た。やはりいつも自分が実践していたことだったのだ。自分が「氣」を受け、「氣」を相手に送るということ。
前から関わりのある人なので、相手の人にも毎日ずっと「氣」を送っていたが、通常「氣」を送るだけでは、足らなかったようだ。丁寧に自分にそして相手に送った。そうしたら、やっと自分で動くことができるようになった。車で10分くらい離れているだけなので、自宅は知らなかったけど、住所はしっていたので地図で調べて、占い冊子を届けに行った。
ポストに入れていこうと思ったが、占い冊子のお届けなのでもし間違ったらまずいと思い、チャイムを押した。
丁度会うことができ、少し話しをした。今回のことで私は体調まで崩れ、気持ち的にも非常に嫌な思いをしたが、相手は本当に軽い気持ちで連絡していたと軽く言い放った。
心の中で笑えてきた。相手の事も考えて気を悪くしていないだろうか?誠意が足らないのだろうか?私の判断は違うのだろうか?一生懸命思ったり悩んだりしていたのに・・・。
自分の繊細さにも呆れ気味。
それにしても、その人が自分の仕事、自分の子どもを優先して、私との時間を優先順位の後にしていたことは事実だ。相手にとってはそれくらいの事なのに、こちらは最優先して気にしていたという訳。
そしてその少しの会話中、私は相手に「正直言って迷惑だった。」と言った。というか言ってしまっていた。勝手に口をついて出てきた言葉だった。迷惑などと決して言うつもりものなく(すごく迷惑だったが)、だいたい他者に対して迷惑などと言ったこともない・・・
でも、言ってよかったと思う。それくらいの大変な目に自分は合っていた。それが分からない相手かもしれないが、「迷惑だった」という言葉は自分にとっての大事な言葉だ。相手に「迷惑だった」と言えたことでこの件を許せると思う。
それにしても「ノー」を言うのはエネルギーがいるものだ。
今回のことで、「いやしの風」の活動内容の見直しや自分の進むべき道の修正が必要なことも感じている。
先ほど書いたブログの「岐路」に立たされている感じがこの件からも感じる。
大きな観点、ホリスティックな観点で観ると・・
有難いことばかり。相手の人も少し悪役を演じてもらったし、その事で苦しむことも経験できた。このような苦しみからストーカー被害の人の苦しみとの共通点も感じられたし、理解が広まった。
「迷惑」とも言えたし・・・
また、自分の心と身体に丁寧に向き合うことができた。自分と丁寧に向き合うことでしか、他者への丁寧な理解はできないからね。
大きな体験だった。
感謝☆(^^)
