私は変容(トランスフォーメーション)を生きるのだと思っている。
1/4の奇跡の映画の監督さんが、自分はミッション(伝える)を生きると話されていたことを受けて、自分は?と考えた。
その時に自分は違うとおもった。
何かと考えたが違うって頭の中にあるだけで、言葉にならないし、整理もされてなかった。
でも、違うことだけははっきりしていた。
ホリスティック教育関係本を開いた。
「学校教育の機能には、伝達(トランスミッション)、交流(トランスアクション)、変容(トランスフォーメーション)の三つの基本的な立場があるが、
「教」を意味するティーチングは、教師と子どもの「交流」を通して文化を伝達することである。
学校教育のホリスティックなパラダイム転換の中核となることが要請されている「心の教育」には、
両者の交流を通して文化を伝達するティーチングの主体者である教師(や親)自身が、ケアリング、ヒーリングの実践者に「変容」することが何よりも求められている。」
と書かれていた。
これだなと思った。
変容なんだ。
自分が自分らしく生きるということは、伝達でもなく、交流でもなく、「変容」なんだ。
もちろん伝達も交流もつながりはある。
しかし、「変容」なんだ!
自分がそれを生きる。
“ホリスティックな生き方で生きるのみ”なんだと感じている。
人はそれぞれのやり方、生き方をすればいいのだからね。
グループや集団をまとめたりする役割は自分の仕事でないと感じている。
だとしたら、何なら自分ができる役割だと感じられるのか。。。
自分個人が、ケアリング、ヒーリングの実践者に「変容」し、それを生きることなのだ。
その立場を認め、その立場を包含する人やグループがあれば、関わりを深めることができるだろう。
グループや集団において、皆同じ役割を果たさなければならないと考えているような枠の狭いところでは窒息してしまう。
違うままにつながり、協力できるならば、つながっていけるのだと思っている。
あのクリシュナムルティは、15歳のとき、神智学協会の指導者に見出され、「星の教団」の指導者になる。
1929年、真理は道なき土地であり組織できない、として教団を解散。
世界的な教育者として活動。執筆多数。
組織ではなく、個人として活動されたのだ。
自分も組織になると何でも、「真理」から離れる部分がでてくるのだと感じている。
しかし、組織も必要だ。
だからこそ、それぞれの生き方がいいのだ。
何も排除せず、違いのままにつながり協力し、強調して生きることなんだね。
違うのだから、そこに理解しようとすることが必要になる。
知識だけではダメだ。智慧が必要だね。
それから温かい心だ。
この世に無駄な人はいない。
すべての<いのち>を尊重していきるだけの叡智が必要だ。
それにはどうしたらいいのか。。。
静かに座り、座禅を組むこともひとつのきっかけになるだろう。
瞑想や他者の幸せを祈ることでも、気づきが生まれる。
すべてに感謝することを意識して行うこと。
ひとりですることだ。
自分の内側との対話だ。
からだの声を聴くことを繰り返し、やってみることもいい。
自分の内側との対話ができるようになれば、自分を尊重・信頼することは自然に成される。
でも、それも訓練だと私は考えている。
生きるということは、癖もあり、習慣があるからだ。
それらに邪魔されないようになるには、継続して実践すること。
常に意識をそのように向けることなんだ。
「変容」を生きる。
常にそのように意識し、方向性の修正をし、実践する。
それが生きること、そのものだね。
整理されてきて、とても嬉しい。
感謝☆(^^)

