子どもに寄り添えない薄情な親
中学3年生の時、息子は、修学旅行に行くと言い出だした。
へぇーという感じで、行きたいなら、行ったらいいかな、なんて、親の自分は軽く考えていた。
ある意味それは、不登校を問題としていないので良い考え方といえるのかもしれないが、子どもの身になって子どもに寄り添うという観点からすると、余りにも最低な親だと思う。
当日は、友達の親が集合場所まで、一緒に車で送って行ってくれた。
帰りは迎えに行き、普通にお帰り、みたいな感じだった。
本人は、私に何も言わないし、修学旅行に参加することが、本人にとって、
どんなに大変だったのか、思うことすら、なかったのだ。
それに、気づくことになったのは、卒業文集に、修学旅行のことを、息子が書いたからだ。
しかし、そのことさえも知人から、聞いて知ったという、薄情な親だった。
休んでいたので、ウチの子の作文が載るとは、はじめから思ってなかったのだ。
人から聞いて、読んだら、愕然とした。
ずっと休んでいて、久しぶりにクラスの子と会うとうことに、ドキドキしたことや、
修学旅行中に、腹痛がおきたり、体調が悪くて、皆に心配かけて悪かったなど…。
全然知らなかった…
自分のことながら、何という親だろうと、厭きれてものも言えないくらいの感じだった。
息子が笑って生きていればいい
中学3年の3学期から、息子は学校へ行くと言い出した。
息子が言い出したことなので、やってみたらと思った。
でも、その前にある出来事があった。
記憶が定かではないが、多分夏の頃だったと思う。
ウチでは、部屋もくしゃくしゃ、寝て、ゲームしての生活の息子を見ていて、それでいいかーと思いながらも、怒れたり、哀しかったり、心配したり、していたのも事実だ。
でも、ある日、2階に上がり、息子の部屋に洗濯物を届けに行ったときの事だったが、普通に何かしゃべって、ふと、息子の顔を見た。
その時、息子は笑っていた。
嬉しそうな、いい顔だった。
その笑顔を見たとき、私は思った。
「息子が笑っていられるなら、それでいいじゃない」
「息子が生きているなら、それでいいじゃない」
・・・・・と。
そのことがあってから、何かが変わった。
別に高校行かなくてもいいじゃない。他人のように生きなくてもいいじゃない。
今「生きる」をことを楽しもう。
「生かされ」「生きている」ことに感謝しよう。
頭で考えるのではなく、腑に落ちた瞬間だ。
それからは、家の中、家庭は、安らぎのある、楽しいものが一番という風に思うようになった。
もちろん、できないこともあるが、そこを原則にしている。
中3の三学期に自分で登校する言いだした
それから、間もなく、息子が3学期になったら、学校に行くと言い出したのだ。
親の中で何かが変わると、子どもとって一番いい時期に「子ども自ら」、動き出す。
不登校の子どもは、自分で言いだしたり約束したりしたことを守れないのが通常だ。
しかし、うちの息子は言いだしたことは、出来る範囲やった。
これは本当にすごいことだ。
息子が言ったとおり、3学期になり、学校へ行ったが、二日連続で学校に行ったら、
やっぱりきついので、自分の好きな国語と美術の授業を受けると言いだす。
最初はその2教科を受けていたが、国語もきついから、美術だけと言って、美術だけは最後まで頑張った。そして、Tシャツに自分のデザインしたものを印刷し、作品を仕上げた。
その作品を見て、びっりした。
そこには、何と、力強い素敵な青年が爽やかに笑っていた。
それを見たとき、彼は、元気になりたいんだなー、たくましくなりたいんだなー、
とわかった。
どんなに、だらけて何もできなくても、今はできないだけで、
「元気よく生きたい」という気持ちを、持ち、葛藤があることを教えてくれた。
大事なTシャツは、今もちゃんと部屋に飾っている。
いつも見て、ウチの息子だけでなく、子どもたちの心は、元気を求めているということを、忘れないように。

