
不登校のきざし
息子の中学2年のときは、息子は毎日のように、微熱があったのだけれども、
とにかく、学校に行けるなら、「行きなさい。」って、感じだった。
「昼からでも行けば」とか、「何とか、がんばりなさいよー」、などと言ってた。
それに、学校に行けないなら、朝早起きをして一緒に勉強などをしていたこともあった。
まったく、息子にしては、大変だっただろうと思う。
そのときは、まだ、息子の大変さを、何一つわからない親だったのだ。
そして、子も親も苦しい苦しい、一年を過ごした。
心理学の勉強をはじめて、いろんなことがわかったつもりになっていた親で、何にもわかっていなかった自分。
心理学の勉強をはじめて、いろんなことがわかったつもりになっていた親で、何にもわかっていなかった自分。
わかっているつもりであることが最悪だったと思う。
息子の気持ちや体調を無視して、””を押し付けていた。
息子にしてみればは、自分の状態や毎日の微熱と体調の悪さで憂鬱な日々を過ごしたのだと思う。
中3になる前の春休みに変化
中学3年に上がる春休みに、高校のことで、ほっとする情報を先生からもらえた。
定時制で、一日3時間ほどしか授業もなく、それも、昼間定時制があるというのだ。
それなら、体調の悪いウチの息子でも、行けるのではないかと、とてもラクになったことを、
覚えている。
その頃は、まだ、学校に行かなくては、どうなるのかとか、目先の当たり前の生活、
なるべく普通の生活をすること以外はだめだ、としか思えなかったのだ。
視野が狭過ぎた。でも、それしか知らなかった。
進路の方向性が見えたということで、安心して、不登校をすることができるようになった。
それで、息子は中学3年の一年間は、ほとんど、お休みすることになる。
私は、その一年間も昨年から続けている、「カウンセリング」や「心理学」の勉強を続けた。
息子が中学3年の秋から、当時担任だった先生の紹介で、不登校を考える会に参加するようになる。
私は、「カウンセリング」などの勉強をしているので、学校の先生の言うことなんか、ろくでもないという思いがあったし、実際、子どものことをわかろうとしたり、心情的に、親が助かるようなことを言ってもらったこともない。
先生は「心理」について、何もしらない、とまで、思っていたし、本音で話せる教師なんて、いるはずもないと、考えることもなく、認識していた。
教師と保護者で不登校を考える会に参加した
それが、たまたま、担任が進める会に、どうせ、わかってくれる人など、いるはずもないと思いながらも、参加してみたのだ。
その会は、以外だった。何かしら、温か味があり、無理をする必要が無かった。
それに、一人ひとりを尊重しようという、会の空気が感じられた。
びっくりした。こんな会があるのかと、こんな人たちがいるのかと…。
それから、ずっと通い続け、現在11年目になる。最初の2年くらいは、私は泣かずには発言ができなかった。
話しかけるとどうしても、涙が出てくるのだ。
でも、その会では、人前でほとんど、話したことがなく、話すことも苦手で、緊張する私なのだが、聴いてくれる雰囲気があるので、思ったことを、率直に、話せるようになってきた。
中学3年のときの息子は、わりとのんびり、家で寝たり、ゲームをしたりして、過ごした。
私は、心理学の勉強などをしたり、近くの大学のオープンカレッジに参加して「こころ」について学んだり、不登校の会などに参加して、楽しく過ごせることとなった。
もちろん、家の中ではいいことばかりではなく、親子げんかあり、夫婦のギクシャクありと、いろいろあるのだが、大変だったわりには、楽しく過ごせたのではないかと思ってている。
振り返れば有難いことばかり。感謝ばかりだ。
その不登校の会に参加できたことが、何よりも大きな宝となった。
そこで知り合った世話人の方々、カウンセラーの先生、同じ思いの保護者さんたちとの出会いがその後の自分にとってすごく大きなものとなった。
どんなに助けられたのだろう。
また、人前で話しなど出来なかった自分の話を聴いて頂き、他の人の話を聴かせてもらい、素晴らしい時間だった。
斜に構えた生意気な私の話を、じっくり聴いて頂いた。感謝しかない。

