はじめに

 我が息子の不登校を思い返す作業は、かなり大仕事となりそうだ。
それに、こんがらがっていて、どこから、手を付けていいのか…

うまく、まとめようとすると書けなくなってしまうので、「今」思うことを、徒然に。
続けて休みだして、不登校だったという時期は息子が、中学3年生の一年間。
もう、12年前のことになる。

じっくりと振り返って考察してみたいと思う。

不登校になりそうな感じのはじまりの時期


中学2年の時から、休みがちになっていた。
何と言っても、息子が中学2年のその一年間が、私も息子も一番辛い時期だったと思う。

 それは、中学1年くらいから、何となく息子の調子が悪いのがわかったので、息子が中学2年の4月から、私のできることとして、通信教育で「カウンセリング」の勉強を始めた。

 そうすると、参考になることをいっぱい知ることになり、こうすればいいんだとかと思って、それをすぐ実行してみた。
そして、子どもの状態がすぐに良い方向に向くことを期待してた。

 すぐに良くなることを、望んでいたのだから、息子もたまったものではなかったと思う。

心理カウンセリングを学びだして実践しだした

息子の中学2年の一年間は、自分は、カウンセリングの事や、心理学や親としての「いいこと」をたくさん学び、なおかつ、すぐ実行しているのに、息子の調子は悪くなる一方だった。

 今思うと、それはそれは、大変だった・・・。
そんなことを、していたら、当たり前に大変だと、今は笑えるくらいに思うのだけれど、その頃の、自分には、まだ何もわかっていなかった。

 余裕もなかったし、何もかもわからないままにただあがいていた感じだった。


「生きる」ということを、真剣に考えるということもしていなかった。

自分の内側と向き合うということをしたことがなかったし、そんなことすら思いも及ばなかった。

初めて自分の大事な問題に、真正面から、向き合うこととなったのだ。

不登校について安易に考え過ぎていた

子どもが学校を休むことについてそんなに真剣に考えていなかった。

心の奥に何か大事なものが隠されていて、それらがサインとして不登校になり、子どもの生き方や親である私の生き方について、何かしら問題を投げかけているなどと、そのような見方は全くできなかったのだ。

時代背景の問題もあると思うが、何より命を授かり、その命を全うするような生き方について考えなければいけなかったと思う。

自分を大事にすること、子どもを大事にすることなどについて、言葉だけでなく、実際どういうことなのか考えて、実践する為にどうすればいいのか…

そういうことを教えてくれる為にも、子ども不登校ということが起きてきたのかもしれない。

もちろん、子ども自身も自らの生き方を考えなければいけなかったのだろう。

しかし、不登校のはじまりは、皆こんな感じである。

それぞれに違うのだが、最初からしっかり自分と向き合い、子どもと向き合い、対処療法と根本的な問題を見つけ、それを知り、核なるものを変更していく作業を出来る人はいない。

そういう意味では、子どもの不登校を通じて、自分の人生とは、子どもの人生とはということに真摯に向き合ううきっかけをくれたものである。

こういうことも振り返っている今だから言えることである。

まだ、はじまりの時期は、何が何だかあがきにあがく時期なのでもある。

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