これまで氣づけずにいたことに氣づけるようになってきた…
配偶者や子どもたちに対して不平不満を言ってきたことは、全て自分を映したもの。
その言葉の意味が少しわかってきたように思う。
特に自分の癖としては、“咎める”ということがあるみたい。
いつも、自分に対しても他者に対しても、責める視線でいるように思える。
何かことがあると、「…だから、そうなるんだよ」とか「…こうすれば、良かったのに」などと言う考えや言葉が、自分の中から出ていることに氣づけた。
そういう考え方の癖があることに氣づけたのは大きい。
それと、もう1つの氣づきは、それは、コミュニケーション方法について。
これまでは、はっきりものを言うことが正しく、また潔く、優れているとも思っていた。
中学高校、実業団とスポーツをしていたので、そのような直球な言い方でも通じる世界にいたことも大きいかも…
はっきりズバッと言うのは気持ちがいいし、まどろっこしくなくてわかりやすい。
しかし、多くの人は、そういうコミュニケーションを好まない。
特に最近は、はっきりものを言うより、ユーモアを加えたり、傷つけずに伝えることが優れている風潮だ。時代背景もある。若者は、怒られることに弱く、褒めて育てることが良いとされている。
もちろん、その考えには私も賛成だ。
けれども、自分の育てられ方が、そうでなかったので、馴染みがないんだね。
それにせっかちだし、はっきり言ってすぐに改善させたい気持ちになる。
なにしろ、責める癖もあるし、はっきり言って責める方が、すっきりするんだと思う。
そのようなことに氣づけたので、それをどのように変えていくかだ。
誰でも、何か理由やそれぞれの背景を持ち、自分なりの判断をし、行動をしていることを認めること。
良いとか悪いとかでなく、その行動を否定するのではなく、その「今」の状態を踏まえて、自分の考えを伝える為に、どのような言葉を遣えばいいのか、どのような態度で臨めばいいのか…
相手を尊重して、信頼して、丁寧に大切に関わることなんだよ。
相手を尊重信頼する前に、自分を尊重信頼することだと私は思う。
そして、心底自分を尊重信頼すれば、イヤでも同時に相手を尊重信頼してしまう。
感謝☆(^^)

