ここ最近まで、人とのコミュニケーションする時、
正直に自分の思っていることを素直に話すことが誠実なことだと思っていた。
更に、違う意見を言うことが正義かのように…
また、それが負けていないかのように…
今思っていることは、相手との会話において、気持ちよく楽しくすることってすごく大事なことなんだってこと。
これまで、そういう感じのことって、
軽い… 迎合してるって捉えていたように思う。
私は自分がどうなりたいのかということをノートに書いているが、その中に「愛ある言葉を遣う」というものがある。
そのことを意識するようになってから、気持ちいい心地いい関係性っていうことも考えるようになった。
そういったことを意識するようになってから、言葉を遣う時に、よく考えるようになった。
合わせるのではなく、自分に正直にしかも相手にも愛のある暖かい優しい言葉って何だろうって…
また、真理だとか正しいだとかそういう深いことではなく、軽く浅い会話や関係性を大事にしたいと考えるようにもなった。
40歳ころからの20年、相談活動をしていたこともあり、ちゃかさない、笑いに変えない、親身になって聴くということを実践してきた。
また、そんな真理に近い深いことを考えたり、話したりすることが好きでもあった。
ある時、妹から言われたことは、「重たいねん」。
深いこと親身になることが大事だと思っていたし、大事ではないはずもない。
けれども、差しさわりのない会話や笑いは、とても重要だということ。
そのことをよく思うのは、犬の散歩中に、他の散歩中の人と、少しの寒いねとかワンちゃんかわいいねとか、ホンの少し他愛のない会話をして癒されている自分を知った時。
話の内容や相手との関係性でいろいろ変わると思うが、愛ある言葉を遣うこと、愛ある氣を放つことが大事なのだ。
そういうことを意識すると、相性の良くない人は、余り距離を近づけないこと。
それが愛ある態度にもなる。
そのこともつい最近まで誤解していた。
誰とでも距離を縮めて仲良くするようにすることが大切なのことだ思っていたし、それが出来ると思っていた。
だから、違和感あっても、その違和感を無視して仲良くするように努力するとか…
それってとてもしんどいことだよね…
すごく頑張っていて、重いはずだぁ。
軽やかなこと、いいことだよね。
軽やかに、愛ある氣を放ちたいものだ…
感謝☆(^^)
